2025年04月02日
◇ うちなー芝居風に


10年前のことでした、「沖縄に単身移住する! ゴーヤー茶のブログ」を始めたのは・・
単身で移住したかった訳ではありません、
連れ合いが同意しないと思ったからです。
「定年退職したら3年後、何が何でも移住する」と言って、
連れ合いを悲しませてしまったこともありました。
移住を諦めたわけではありません、
いまでも完全移住する衝動にかられることがあります。
フーテンの寅が、おいちゃんに「出てけ!」と言われれば、
「上等じゃねぇか、出てってやるよ~」と出ていけばいいのです。

定時制高校での仕事がきつく、
59歳で勧奨退職を選択しようかと考えたこともありました。
60歳定年後、再任用を希望すれば65歳まで働くことができましたが、
給与収入が無くてもいい、禁煙で貯めた貯金があるからと
60歳できっぱり退職しました。
この頃から母の認知症が進み、2年間は支援というか介護というか、
月8回にも及ぶ通院の付き添い、ショートステイ、老人保健施設探し、
そして、要支援2だった母があれよあれよという間に要介護2となり、
特別養護老人ホームに入れることになった矢先に、
誤嚥性肺炎、看取り、葬儀となりました。

意識がしっかりしている母の看取りは、つらいものでした。
「×××!水をちょうだい!死んでもいいから水をちょうだい!」
水を飲んでしまえば、苦しんでのたうち回ることになります。
一番仲の良かった姉が付き添っている時に息をひきとりました。

母がなくなってから3年間、勝手気ままに沖縄に長期滞在してきました。
2年間は年6か月間、3年目は4か月間を過ごすことができました。
マンスリーマンションの生活では、監視カメラと掃除・洗濯がいやでした。
ホテル暮らしでは、10時から15時までは外出しなければなりません。
借家や中古マンションの購入も考えましたが、無茶な選択に思えました。

画像は、セイグヮー(登川誠仁さん)の最後の弟子、仲宗根創青年。
本人は、トムクルーズと言っております。
いやはや、カバンひとつのホテル暮らしもキツイものでした。
フーテンの寅は、自分で洗濯したのでしょうか?!
予期せぬ出来事が起きました・・なんと・・靴が臭くなってきたのです 

靴を買い替える気力もありません。
マイルが貯まっていたので、躊躇なく神奈川に帰ってきました。
今後は65歳前期高齢者でもくつろげるマンスリーマンションを探します。
ゴーヤー茶の「古典舞踊」は終わりにして、
週1回の「雑踊り」を踊るからよ~
「雑踊り」ですから、沖縄の話題だけでなく、
ゴーヤー茶の老い加減もお見せいたします。
ひとり暮らし老人の安否を確認するようなつもりで、
週1回だけ覗いてください。 

Posted by ゴーヤー茶. at 05:08
│身の上話