「考えてみよう。病気は誰もがかかりうる。魂にもたらされる変化はとてつもない。
健康の灯火が消えたときに見えてくる未発見の国々は驚くべきものだ。
インフルエンザに少しやられただけで、魂の荒野と砂漠が見えて来る。
少し熱が出ただけで、私たちの内部に根を張る頑丈な樫の老樹たちが根こそぎ倒れてしまう」(ウルフ)
ヴァージニア・ウルフ(イギリスの作家 1941年没)
13歳で母親を喪ってから59歳で亡くなるまで、ありとあらゆる病気を経験。
4回の発作、幻覚、鬱病、高熱、スペイン風邪、多発性硬化症 ---
「私たち(横臥者)は棒切れと一緒に川に浮かんだり、芝生の上で落ち葉と戯れたりする。
責任を逃れ利害も離れ、おそらくは数年ぶりで周囲を見わたし、見上げる---たとえば空を」(ウルフ)
俺は、昨年5月に痔の手術で6日間入院した時、1600年の歴史のある神社参道の「老樹」と「空」を観ながら時を過ごした。
「ウルフ」は、健常人を「直立人」、病人を「横臥人」と名づけ、世界の見え方を比較している。
「横臥人」は、健康なときには上手に隠しているような「真実」を言ってしまう、とウルフはいう。
「横臥人」には豊かな想像力がある。「病気になるって悪いことばかりじゃないよ」とウルフはいう。
能登半島地震で家族をうしなった人、薬をうしなった病人、生きる気力をうしなった人、
水と食料をうしなった人、帰る家をうしなった人、眠りを妨害する音、毎日襲ってくる恐怖。
毎日同じ時間に階段を降りて来る連れ合いの「足音」が聞こえなくなったとき---
「横臥人」は、幼児のころから接してきたいくつもの「顔」を思い出し、精神の物語をえがく。
「直立人」に戻れなくてもいい。「横臥人」にもたくさんの小説が書けるのだ。
俺の父は53歳で脳卒中で倒れ半身不随の20年。73歳、療養型病院で息を引き取った。
不自由な足に「半長靴(はんちょうか)」を履いた父は、「はんちょうかは戦時中を思い出す」といっていた。
療養型病院に移った時、母は「あの病院に入ると、もう家に戻れないんだよ」といっていた。
病床で仰向けに寝たままの父は、どんな風景を観ていたのだろうか。
長女とふたりの娘、長男とひとりの息子、次男とひとりの息子、3人の子どもと4人の孫。
子どもの頃遊んだ茨城県下妻市「光明寺」の庭の「老樹」と「空」を観ていたのかもしれない。